2009年7月10日のボヘミアン・カフェ市川市文化会館公演の開催は、昨年の鴬谷「東京キネマ倶楽部」での公演を観に来てくださった三元舎の番場さんから公演依頼をいただいたところから始まった。
毎回このボヘミアン・カフェは、これが最後だ、と思ってやっている。それは否定的な意味ではなく、公演のたびに一切の余力を残すことなく全エネルギーを注いで取り組むからだ。
だから昨年の公演が終わった時、僕は心も体も使い果たしてしまっていた。しかし、それまで自主公演だったボヘミアン・カフェに、この海のものとも山のものとも分からぬ無名のプロジェクトに夢を見てくださった三元舎の番場さんの熱い想いが、僕を再び活力で満たしてくれた。
そこから全てが始まった。
まずは第3回目としてのショーの構想、コンセプトシートと絵コンテの作成、たいがいこれらはその後の制作過程の中で現実的な諸問題にぶち当たり、木っ端みじんに砕け散っていくものだ。だがプロジェクトを実際に押し進めていくためには、どうしても最初の殴られ役としてのたたき台が必要だ。
そのコンセプトシートをもとに、それに相応しいキャスティングを始める。プロジェクト遂行の上で最も繊細な部分だ。これまでのプロジェクトへの貢献、個々の演者の技量、キャスティングの判断材料となる基準はいくつもあろう。だがこの時最も重要視されるのは、このプロジェクトが求めるものに的確かつ迅速に応え、それに適応する能力と、そこにプラスアルファーを乗せられる力。ショーが描こうとする理想像のためにチームの一員となる姿勢。そして高いレベルでの自己管理能力。この3点だろう。
キャスティングはなにも舞台の上でパフォーマンスをする人間だけに限らない。それと同数もしくはそれを上回る数の舞台スタッフの人選も当然含まれる。映画のエンディングで提示される「キャスト」の部分で、頭に俳優の名前が挙がった後、膨大な数の制作スタッフの名前が羅列されているのを見れば分かるように、あらゆるエンターテインメントはスポットライトの当たらない場所で汗を流し続けた人間たちによって「夢」に「形」を与えられ、この現実世界に顕現するのだ。
よく大御所と呼ばれるアーティストや大きな舞台で活躍しておられる人の現場に入れてもらうと、そうしたアーティストは皆おしなべて腰が低く、礼儀正しい。それは社交辞令や上っツラの渡世術ではない。「夢」に「形」を与える作業には多くの人間の準備と働きが必要であり、その汗と想いという土台の上に自分は乗っからせてもらっているのだという感謝とねぎらいの心あってこそ、彼らは人々の心に残る仕事を成し遂げてきているのだ。
夢見るような一夜の宴に観客と演者が酔いしれる時、そこには必ず舞台袖で、ロビーで、音響ブースで、暗い照明オペレーション室で、力を尽くす人間達がいる。彼らは観客の拍手の雨を浴びることなく会場を後にする。ヘンリー・キッシンジャーは「政治とは、理想を現実的に可能な範囲で実現する芸術である。」と言っていたが、舞台の現実問題に黙々と取り組む彼らこそ、真のアーティストであるかもしれない。
制作チームが諸々の段取りや資金繰りに奔走する中、ミュージシャンとダンサーは打ち合わせを重ね、楽曲の制作と振り付け作業に取り組む。そうした個々の作業と準備の後、合同リハーサルの日を迎える。
この部分は各出演者たちのアイディアやプライドが交錯する、緊張感のある時間だ。それぞれに違ったバックグラウンドを背負ったアーティストが共通言語を探しながら、それぞれに思う「ボヘミアン・カフェ」を形作ろうとすり合わせの作業を行っていく。
自分が気持ちいいと感じられない他者のアイディアを、それまでかたくなだった自分の心を解きほぐすことによって、ある時突然自分にとっての快感に変えられることがある。かつてスペインでまったく食べられなかったオリーブの実が、ある日なくてはならないものになっていた時のように。
そして長い準備期間を経て、花火をぶち上げる日がやってくる。
今回のような大きな会場であれば、現場入りから撤収の時間まで、一度も顔を合わせないスタッフもいる。それでも、それぞれがそれぞれの持ち場で自分の仕事をしているのだという信頼の気持ちに支えられながら、各々の仕事に取り組む。
アーティストの現場入りの時間より何時間も早く、舞台スタッフは機材搬入のために現場入りする。そして舞台やロビーで様々な設営が始まる。この会場にお客さんが一歩足を踏み入れた瞬間から、「ボヘミアン・カフェ」は始まる。そのための準備をするのだ。
不安と高鳴る気持ちを押さえながら、出演者が現場入りすると、サウンドチェック&場当たり、リハーサルが始まる。ここは特に集中力を要する時間だ。どれだけ事前に打ち合わせを重ねていても、現場で試してみなければ分からないことがある。予定どおりいかないこと、トラブル、不足の事態はここへきて初めて露見する。それを忍耐強く、かつ迅速に、限られた時間の中でやらなければならないのだ。
ここで大事なのは、よりよい状況を作り出すために今出来る最善とは何か、それを出演者とスタッフ全員が考えながら、モティベーションを落とすことなく相手をなじることなく、コミュニケーションをはかっていくことだ。そこには知力と忍耐が要る。不安に押しつぶされそうになる心を隠して意見を伝える勇気が要る。
それらは全て、舞台にやり残した忘れ物を置いていかないための、大事な大事な作業なのだ。
そして全ての準備を終えて銘々が自分の持ち場につき、本編のベルが鳴るのを待つ。
時間が迫り、熱いステージへの期待と、愛するアーティスト達に囲まれる幸福感、労を惜しまぬスタッフ達への感謝、そしてこの全てはあと2時間もすれば終わってしまうのだという寂寥感・・・そうした様々な想いが胸に去来するのを感じながら時を過ごす。
そして、幕が上がった。
(この度の公演の実現のために、企業、個人の別を問わず有形無形でのサポートを提供してくださった皆様、そして全国からお集りいただいたお客樣方、今回の公演を無事に終えることが出来ましたのは皆様方のおかげです。重ねて御礼申し上げます。誠に有り難うございました。これからも皆様の心に何かをお届け出来るエンターテインメントを目指して精進して参りたいと思いますので、変わらぬご愛顧を承れますよう宜しくお願い申し上げます。 長尾ゆうたろう)